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2006年7月13日 (木)

土地の味は土の味?

我が家から車で20分くらいのところにかなり大きなJA直売所があります。
農産物はもちろん、広い屋外には、庭木や盆栽、花、温室などがあり、県外ナンバーの車もたくさん来ています。
私たちもよく買い物に行くのですが、ある時、桜島大根が出されていました。
私たちは長いこと鹿児島で暮らしていましたので、桜島大根のおいしさはよく知っています。
カミさんが「買いましょうか?」と聞く。
そのときふと思い出したのが、鹿児島でおばさんたちが話していたことです。
桜島大根をどんなに気をつけて育てて、おいしいのが出来ても、桜島でとれたものにはとてもかなわない、そんな話を思い出して、関東の土地で出来た桜島大根の味がどんなものか分かったものではない、それで「よしとこう」と返事したのです。今考えると、素直に喜んで買っておけばよかったと思いますが……

桜島大根は、大きい割にはとてもおいしく、煮物にしたりするととても甘いのです。特に桜島で取れたものは絶品です。
そう言えば、京野菜もどこでも栽培できるけれども、京都で取れた京野菜のあの繊細な味は、ほかの土地で出来たものからはとても望めないのです。
以前、仕事で京都に行ったとき、散歩がてら近郊の畑をのぞいたことがあります。そのとき見た畑は、いつも真っ黒い土の畑を見慣れている私には、なんとも頼りない色の畑でした。
しかし、あの土が京野菜の繊細な味を作り出しているのかと思うと、なんとも不思議な気がします。

俺たちは土を食べてるのか、というと変なものですが、その土地で出来たものを、その土地の味付けと、水で料理したものが最高においしいんでしょうね。

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2006年7月10日 (月)

言い伝え

「コンニャクイモは梅の木の下に植えるという伝承があるんです。今では畑一面に植えていますが、昔は自家用のコンニャクを梅の木の下に植えていたんですね」
農文協の編集者がそんなことを話してくれました。
どういう効用があるかは分かりませんが、長年の経験からきた言葉でしょう。

こんな言い伝えもあると、笑ったことがあります。地区の酒席での話です。

「俺んちは、ごぼうは作っちゃならねえって、家訓があるんだ。だからうちの畑はごぼうを作ったことねえけどよ、なんで作っちゃなんねえのか、よく分からないんだ。単にうちのご先祖様が怠け者だったからかもしんねえな」

でも、その後先祖様の気持、分からないでもないのです。
このあたりの土地は、粘土質の強い黒土で、よくいも掘りの時期になると子供たちが茎をつかんで引っ張りあげている映像などテレビで出ますが、うちのいも掘りは、スコップで掘りあげないととても出てこない、そんな土なんです。
私もごぼうを作ったことがありますが、味のいいごぼうが出来たけれども、掘り出すのが大変でした。1メートル以上も掘ると、数本掘っただけでエネルギーを使い果たしてしまったことがあります。

そこの土地と作物は、味と作業に深い関係があるんですね。

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2006年7月 6日 (木)

種子

 五、六年前まで、我が家から200メートル先に大きな雑木林がありました。
 土地の人たちはヤマと呼んでいましたが、私たちはそこが大好きで、休みのたびに半日ほどは入っていました。
 この雑木林一帯は、駅が出来て街になるという話はずいぶん前から聞いていましたから、林の中のいろんな木、ツゲ、ヤマつつじ、榊、やぶ椿など、手ごろな木をいただいて我が家にお引越しいただき、庭木や垣根にしていました。
 そこには赤松がたくさん生えていたので、庭木にしようと赤松の手ごろな苗木はないだろうかと、毎回毎回探していましたが、小さな赤松は一本も見つかりませんでした。

 ある年、林に測量が入り、そしてその秋ついに林の木が全部切られてしまいました。

 次の春、名残惜しさもあって、雑木林の跡に行ってみました。切り株と、捨てられたような枝が散らばって、荒涼たる眺めでしたが、びっくりしたのは、荒らされた地面にいっせいに赤松の小さな木が姿を現していたのです。
 あれだけ目を皿にして探してもなかったのに、この荒れたところに一斉に芽を出していたのです。

 種子というのはすごいものだと思います。この時芽を出した種子は、決して前年に落ちた種子ではないのです。うっそうとした林の中に落ちた種子は、お日様が射す条件がそろうまでじっと待っていた、十年前、二十年前の種子もあったはずです。

 アメリカの山では山火事が多いので、山火事がおきなければ芽を出さないという種子もあるそうです。
 私たちが使う野菜の種子は、毎シーズンごと、半年で売れ残ったものは全部処分されています。でも本来種子とは、条件がそろうまで、何十年、何百年、じっと待っているものなのだなあと、気づきました。

 人間が育つのも、学校では六、三、三、四と、遅れないように付いていかなければいけないような雰囲気もありますが、親が、いつか芽を出すと思えるようになれば、家庭問題などほとんどなくなるのでしょうね。

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2006年7月 2日 (日)

先週ポットに蒔いていたキュウリの種が、この四、五日の暑さと日照りで芽を出しました。
Photo_5 この苗は、今年の第三弾です。
最初は、4月にJA直売所で苗を買いました。
ハウス育ちのスルリと伸びた苗でしたが、今年の日照不足のせいか、予想ほどよくは伸びませんでした。また、地這いの性格が強いようで、引っ張り上げてやらないと棚に上がらない、なんとなくだらしないところがあります。

同じころ種を直播にしました。これも、日照不足のせいか、芽は出てもなかなか大きくなりません。そのうち、三分の一程度がとけてしまいました。でもこちらの元気なのは、天に向かって駆け上っています。
どちらも今、食卓においしい実を供給してくれています。

春に種を蒔くと、芽を出した双葉を食べに来る奴がいます。いろいろいるようですが、主に鳩と雉です。特に豆類の双葉はおいしいらしく、油断をしているとすっかりなくなっていることがありました。そこで最近は、芽を出すころになると、鳥よけにひらひらするテープを張り渡します。
鳩は集団で動きますが、雉は縄張りを持っていて、大概つがいでやってきます。眺めている分には結構な景色なんですが。

この地方は、十年前までは何がいてもおかしくないようなところでした。
最近は駅が出来たり、開発が進んで(隣の町のことです。と言っても200メートル先ですが)すっかり眺めが変わってきました。その駅前の空き地に、雉がえさを啄ばんでいるのは、ちょっと場違いな印象を受けるようになりました。

雉というのは、きれいな姿をしていても悪食の大食で、植物の芽から、小動物、へびでも好んで食べているようです。
いつか、友人がこんなことを話していました。
「草刈機で草刈してたらヨ、雉が草の中に卵抱いてるんだべ。近くまで草かっていってもじっとしてるべ。首切られても動かないようだったから、そこだけ草残してやったよ」

偉いもんですね。子供を虐待したり、新聞ネタになるような女性に見せてやりたいね。

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