2006年8月 7日 (月)

いよいよ真夏

今年の長かった梅雨が明け、いよいよ真夏。
休みに天気が悪かったり、隣組の不幸があったりして、畑の手入れが滞りました。
動物と違って植物は、ほおっておいても成長しますが、それよりも大きくなるのが草。
なんとか遅れを取り戻そうとはするのですが……

にがうりの棚をまだ作っていなかったので、立ててやることに。
柱が、もう十数年使ってだいぶ虫に食われていましたが、一本が見るからにやせ細ったので、新しいものに交換。土手に植えておいた桧を一本、息子と二人で切り出し、枝を払い、皮をむき、何とか柱に仕立てました。
もうだいぶ伸びているにがうりを、棚の上に上げてやり、一安心。

落花生がそろそろ花を付けてきたので、土を柔らかくしてやり、ネギとサトイモの土寄せ。

今日の収穫は、枝豆、小玉スイカ3個、キュウリにトマト。

今日日、3時間も畑にいると、ズボンまで汗でぐっしょり。
一風呂あびて、クハー、ビールのうまいこと。

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2006年7月13日 (木)

土地の味は土の味?

我が家から車で20分くらいのところにかなり大きなJA直売所があります。
農産物はもちろん、広い屋外には、庭木や盆栽、花、温室などがあり、県外ナンバーの車もたくさん来ています。
私たちもよく買い物に行くのですが、ある時、桜島大根が出されていました。
私たちは長いこと鹿児島で暮らしていましたので、桜島大根のおいしさはよく知っています。
カミさんが「買いましょうか?」と聞く。
そのときふと思い出したのが、鹿児島でおばさんたちが話していたことです。
桜島大根をどんなに気をつけて育てて、おいしいのが出来ても、桜島でとれたものにはとてもかなわない、そんな話を思い出して、関東の土地で出来た桜島大根の味がどんなものか分かったものではない、それで「よしとこう」と返事したのです。今考えると、素直に喜んで買っておけばよかったと思いますが……

桜島大根は、大きい割にはとてもおいしく、煮物にしたりするととても甘いのです。特に桜島で取れたものは絶品です。
そう言えば、京野菜もどこでも栽培できるけれども、京都で取れた京野菜のあの繊細な味は、ほかの土地で出来たものからはとても望めないのです。
以前、仕事で京都に行ったとき、散歩がてら近郊の畑をのぞいたことがあります。そのとき見た畑は、いつも真っ黒い土の畑を見慣れている私には、なんとも頼りない色の畑でした。
しかし、あの土が京野菜の繊細な味を作り出しているのかと思うと、なんとも不思議な気がします。

俺たちは土を食べてるのか、というと変なものですが、その土地で出来たものを、その土地の味付けと、水で料理したものが最高においしいんでしょうね。

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2006年7月10日 (月)

言い伝え

「コンニャクイモは梅の木の下に植えるという伝承があるんです。今では畑一面に植えていますが、昔は自家用のコンニャクを梅の木の下に植えていたんですね」
農文協の編集者がそんなことを話してくれました。
どういう効用があるかは分かりませんが、長年の経験からきた言葉でしょう。

こんな言い伝えもあると、笑ったことがあります。地区の酒席での話です。

「俺んちは、ごぼうは作っちゃならねえって、家訓があるんだ。だからうちの畑はごぼうを作ったことねえけどよ、なんで作っちゃなんねえのか、よく分からないんだ。単にうちのご先祖様が怠け者だったからかもしんねえな」

でも、その後先祖様の気持、分からないでもないのです。
このあたりの土地は、粘土質の強い黒土で、よくいも掘りの時期になると子供たちが茎をつかんで引っ張りあげている映像などテレビで出ますが、うちのいも掘りは、スコップで掘りあげないととても出てこない、そんな土なんです。
私もごぼうを作ったことがありますが、味のいいごぼうが出来たけれども、掘り出すのが大変でした。1メートル以上も掘ると、数本掘っただけでエネルギーを使い果たしてしまったことがあります。

そこの土地と作物は、味と作業に深い関係があるんですね。

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2006年7月 6日 (木)

種子

 五、六年前まで、我が家から200メートル先に大きな雑木林がありました。
 土地の人たちはヤマと呼んでいましたが、私たちはそこが大好きで、休みのたびに半日ほどは入っていました。
 この雑木林一帯は、駅が出来て街になるという話はずいぶん前から聞いていましたから、林の中のいろんな木、ツゲ、ヤマつつじ、榊、やぶ椿など、手ごろな木をいただいて我が家にお引越しいただき、庭木や垣根にしていました。
 そこには赤松がたくさん生えていたので、庭木にしようと赤松の手ごろな苗木はないだろうかと、毎回毎回探していましたが、小さな赤松は一本も見つかりませんでした。

 ある年、林に測量が入り、そしてその秋ついに林の木が全部切られてしまいました。

 次の春、名残惜しさもあって、雑木林の跡に行ってみました。切り株と、捨てられたような枝が散らばって、荒涼たる眺めでしたが、びっくりしたのは、荒らされた地面にいっせいに赤松の小さな木が姿を現していたのです。
 あれだけ目を皿にして探してもなかったのに、この荒れたところに一斉に芽を出していたのです。

 種子というのはすごいものだと思います。この時芽を出した種子は、決して前年に落ちた種子ではないのです。うっそうとした林の中に落ちた種子は、お日様が射す条件がそろうまでじっと待っていた、十年前、二十年前の種子もあったはずです。

 アメリカの山では山火事が多いので、山火事がおきなければ芽を出さないという種子もあるそうです。
 私たちが使う野菜の種子は、毎シーズンごと、半年で売れ残ったものは全部処分されています。でも本来種子とは、条件がそろうまで、何十年、何百年、じっと待っているものなのだなあと、気づきました。

 人間が育つのも、学校では六、三、三、四と、遅れないように付いていかなければいけないような雰囲気もありますが、親が、いつか芽を出すと思えるようになれば、家庭問題などほとんどなくなるのでしょうね。

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2006年7月 2日 (日)

先週ポットに蒔いていたキュウリの種が、この四、五日の暑さと日照りで芽を出しました。
Photo_5 この苗は、今年の第三弾です。
最初は、4月にJA直売所で苗を買いました。
ハウス育ちのスルリと伸びた苗でしたが、今年の日照不足のせいか、予想ほどよくは伸びませんでした。また、地這いの性格が強いようで、引っ張り上げてやらないと棚に上がらない、なんとなくだらしないところがあります。

同じころ種を直播にしました。これも、日照不足のせいか、芽は出てもなかなか大きくなりません。そのうち、三分の一程度がとけてしまいました。でもこちらの元気なのは、天に向かって駆け上っています。
どちらも今、食卓においしい実を供給してくれています。

春に種を蒔くと、芽を出した双葉を食べに来る奴がいます。いろいろいるようですが、主に鳩と雉です。特に豆類の双葉はおいしいらしく、油断をしているとすっかりなくなっていることがありました。そこで最近は、芽を出すころになると、鳥よけにひらひらするテープを張り渡します。
鳩は集団で動きますが、雉は縄張りを持っていて、大概つがいでやってきます。眺めている分には結構な景色なんですが。

この地方は、十年前までは何がいてもおかしくないようなところでした。
最近は駅が出来たり、開発が進んで(隣の町のことです。と言っても200メートル先ですが)すっかり眺めが変わってきました。その駅前の空き地に、雉がえさを啄ばんでいるのは、ちょっと場違いな印象を受けるようになりました。

雉というのは、きれいな姿をしていても悪食の大食で、植物の芽から、小動物、へびでも好んで食べているようです。
いつか、友人がこんなことを話していました。
「草刈機で草刈してたらヨ、雉が草の中に卵抱いてるんだべ。近くまで草かっていってもじっとしてるべ。首切られても動かないようだったから、そこだけ草残してやったよ」

偉いもんですね。子供を虐待したり、新聞ネタになるような女性に見せてやりたいね。

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2006年6月28日 (水)

個性?

畑仕事を手伝いながら、娘が言います。
「Nちゃんちのじいちゃん、さすがプロだね。野菜がみんな同じ大きさに育ってるよ」
「うるさい、うちは個性を大事に何でも育ててるんだ」

そうなんです。何であんなにきれいに一様に育つんだろうと、不思議です。
我が家の畑を見ると、大きいのあり、小さいのありの様々、まあ、人間だって気の早いのもいれば、のんびりしたのもいる、あまり隣近所の畑を気にしないことにしています。
ジャガイモを4、5株とったら、毎日ジャガイモが食卓に出るようになりました。まだ育っているのが沢山あるので、ちょっと植えすぎたかなと反省。
葉物野菜はカミさんの担当、密植させて一気に育てるのが得意で、こちらも毎日サラダに。

畑を作り始めた頃は、すべて手作業でしたが、一年で力不足を実感し、小さな耕うん機を購入しました。これがまた働くのなんの。ビール瓶一本の油で、畑全部を耕してくれます。人間など、ビール一本ではとても働かない……
ミニ耕うん機なので、草が伸びすぎると調子よくはいかないのですが、小さいから畝の間を少し広く取っておれば、草取りまでやてくれます。
いつか、クボタという会社に見学に行ったことがあります。その時の説明で、
「ほとんどの人は、車などお金を食うだけのものをきれいに磨いたりして大事にするが、お金を稼いでくれる耕うん機などは、洗いもしないで、ほっといている」と話してくれたことを思い出します。確かにその通りで、こんなに働いてくれるのに、ほったらかしでゴメンなさい。
もう十年以上も働いてくれて、まだまだ元気のようです。
個性を大事にした畑作り、気温が上がってきたこれからが勝負です。

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2006年6月26日 (月)

土はいつ出来たんですか?

「モシモシ、土はいつ出来たんですか?」

子供電話相談室の時間、カーラジオからこんな質問が聞こえてきました。

子供ってつまらん質問するもんだ、そう思いながら聞いていたら、回答もほどほどのものでした。でも、少し引っかかるものがありました。

土はいつ出来た? ふと、頭に浮かんだのが、もう随分昔になりますが、アポロ何号かが月へ着陸した時のテレビ映像です。あの時映し出されたのは、岩と砂、砂漠の光景でした。火星も似たようなものだろうと思っています。ん? 地球も火星も月も、同じように生まれたのではなかったかな。40億年位前の炭酸ガスで覆われた灼熱の地球は、火星や月と同じ、岩と砂、それに水だけの星ではなかったのかな。最初は土などなかった……。

藻類から始まって、植物、微生物、動物が生まれて繁栄して滅び、何億年にわたって営々と積み重ねられてきたその集積が土だった。

テレビで、虹ノ松原が消える、という番組がありました。佐賀県の名勝、虹ノ松原の陸地側の松が広葉樹に覆われて松がなくなる。その最初の原因を作ったのが松自身だというのです。毎年落葉する松の葉がたまって、砂が富栄養化し、土になったのです。そこへ広葉樹が入り込み繁ってきた。昔は地域の人たちが松の落ち葉をかき集めて燃料に使っていた。だから松葉はたまらなかったのですが、今は誰も松葉かきする人がいなくなった。

明治神宮は落ち葉一枚たりとも持ち出させず、林を守っているそうですが、自然と人間との付き合い方は様々です。

そんなことで我が家の畑の土を見てみました。初めて畑に鍬を入れた時は、何回鍬をふるってもモロモロした塊だったのですが、今では細かい粒子のいい色の土になっていました。

それにしても、今の子供は偉い!

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2006年6月23日 (金)

私が畑仕事をするようななった訳

今住んでいる家に引っ越してきたのは、もう十数年前でしょうか。
斡旋してくれた不動産屋が、「このあたりの畑ならただで貸してくれますよ」と。
早速、我が家をL字型に囲んでいる空き地を、こっそり掘って見ました。すると、出るわ出るわ、木の根、草の根、あらゆる根っこが小さなスコップの進入を阻みます。
「こりゃ、だめだ。とても手に負えない」あっさり諦めました。

引っ越したのが早春、空き地は不動産屋がきれいに草刈してありました。
やがて、土筆が顔を出し、その後いっせいにいろんな草が芽吹き始めました。
夏になると、ススキが青々と繁り、二階建ての家が屋根しか見えないほどになりました。
秋にはススキが穂を出して、風にそよぐさまは、それはきれいでした。
冬になり、ススキもほかの草も枯れてしまうと、「こんなところに火でも付いたら大変だ」
心配になり、役所を通して持ち主に刈り取ってもらうと、上の草木を刈り、一応耕運機をかけてくれました。
ある日会社から帰ったら、わが奥方が、
「畑を借りましたから、挨拶にいってきてください」
「……」一瞬のどにつかえるものを感じましたが、「使わなかったら、またあのススキが原になる」そんな脅迫観念も働いて、畑を作ることになったのです。
最初は、鍬と鋤、スコップだけの手作業。
なにせ勤め人ですから、私が畑仕事出来るのは、休みの日だけ。鍬を入れると出るわ出るわ、茅の根、スギナの根、木の根、なれない手で、ひとうね作るのに一日、ということは一週間にひとうねです。次の週にまたひとうね、ひと月で3、4うね出来る頃には、最初のうねには草が青々と生えていました。
「何つくってんの」
「草つくってます」
そんな会話もありましたが、結構楽しいものです。出来そこないのような収穫ばかりでも、
「自分で作ったものはいいね」

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2006年6月22日 (木)

ジャガイモ収穫

 今日こそはサツマイモを植えよう、そう思いながら朝起きだすと、雨の降る音。
 また、次の休みに持ち越し。間に合うかな?
 畑仕事は出来なくても、次々と用事の出てくるところがまたつらいところ。
 遅いお昼を済ませたころには雨も上がったので、草刈だけでもと、エンジンつきの草刈機で畑の周りの草をきれいに。畑仕事や生活にはあまり歓迎されない草でも、炭酸ガスを少しでも吸収しているかと思うとちょっと複雑な気になりますが、刈った草も土に還元。

 ジャガイモがかなり茂ってきたので、試しに掘ってみたら、まだ小さいのがあるものの、市場に出すでなし、今日食べる分だけ掘ってみました。Photo_1 どうせ食べきれないほど量なので、少しずつ掘ることに。

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2006年6月21日 (水)

日照不足の中で

今年は天候不順で日照不足。
畑の野菜の育ちが悪いのを、天候のせいにしていますが、本当は素人の技術不足のせいでしょう。
5 6 春、暖かくなってから、よっこらしょと腰を上げ、準備を始め、苗を植え、種を蒔きました。
5月初旬には、まだまだ広々としていた畑(写真上)も、6月中旬になると、緑で覆われ始めました。(下)
野菜よりも草の方が伸びがいいのがちょっと問題ですが。
我が家を囲むようにしているこの畑、正直手に余るほどの広さですが、私のものではありません。お借りして作るようになったいきさつは、また後日いたします。
勤務の休みの日に、半日ほど畑仕事をするようにしていますが、たまたま休みの日に雨が重なったりすると、時機を逃したりすることはよくあります。
畑仕事は一年が周期、時機を逃すと又来年こそは、ということになります。
「旬」。いい言葉ですね。旬になると、うまくいけば食べきれないほどの野菜がとれます。
いえ、我々の畑作りは、旬でないと取れない、温度のコントロールなしのお天気次第です。
そんなことで、土と付き合うようになって、いろんなことを教わったような気がします。
そんな素人の畑作りのページを開きました。

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